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ドイツ気まぐれ一人旅~♪Weimar編 Ⅱ

Cimg0977 9月2日(木曜日)

この日は朝から薄曇り。朝食をゆっくりと時間をかけていただきそして、ワイマール中央駅から、バスでBuchenwald(ブッヘンバルト)強制収容所に向かいました。(今度は間違えることなく行けました。)バスは緑の木々が生茂り、静かな美しい森の中を通リ抜けます。こんな素敵なところに、残虐な収容所があったのか・・・物悲しさを感じるばかりでした。

~ナチスドイツがユダヤ人を大量に殺害に至るまで~

まずその政策の基盤として、ドイツ国を守るため、遺伝子病の子孫を生み出さないことを予防する法律から始まりました。

〝超医療管理国家〟となってしまったナチスドイツは、最初は精神を病む人が大量殺人の対象となっていました。それは、病に苦しむ人や障害を持つ人の安楽死を認め、「神の御慈悲による死」という名目で7万人以上を虐殺しました。

その後1940年には、「T4作戦」という暗合名でこの安楽死計画が大規模になり、ドイツ国内の4カ所の精神病院施設には「ガス室」と「焼却炉」が常設され、アウシュビッツのユダヤ人虐殺の2年以上も前に精神病患者の虐殺が始められていたのです。ナチ政権下でこの法律の犠牲となった人は、20~35万人にのぼると言われています。

アウシュビッツ強制収容所などでの大量殺人は、この作戦を担当した医者や現場の責任者が指導し、そして「T4作戦」はますます拡大し、さらには精神障害者からユダヤ人へと対象が転換していったそうです。また、それ以外にも同性愛者や政治犯も対象になったと記されていました。

Cimg0985 大人でも「アンネ・フランクの日記」を電車の中で読んでいる人をよく見かけます。そして「シンドラーのリスト」など、ユダヤ人迫害を対象にした映画は、ドイツのTVでよく放送されています。同じ過ちを起こさないためにも、しっかりと子供の時から学校でも学習されています。この日も肌寒い中、中学生くらいの学生が校外学習に来ていました。

私もインフォメーションでiPodの日本語案内を借り、過去の出来事をしっかりと受け止めてきます。

Cimg0984 1937年にナチスのブーヘンヴァルト(Buchenwald)強制収容所がワイマール北西部に建てられました。そして、32カ国から25万人が収容されて悲惨な生活を送り、6万5千人の方々がここで亡くなりました。

強制収容所の門をくぐると、空気が淀みました。一瞬にして生温かい空気が流れ、風の色がグレーになったように感じました。構内を一人で歩いていると、何だか足が重くなり「一歩」踏み出すたびにスローモーションがかかっているようでした。

狭い部屋でに何人もの人が詰め込まれ、食べるものも与えられず、薄いシャツにズボンを身につけ、寒さに耐えていたことでしょう。

自然に涙が溢れ胸が詰まる思いでした。でも、現実に起こっていたこと。しっかりと向き合わなければいけません。

Cimg0988 戦争終結の4週間前の1945年4月11日に、アメリカ軍が推定2万1千人の抑留者を解放しました。解放されるまでの長い間、彼らは日々この風景をどのように見ていたのでしょうか。そして、解放されて彼らは幸せになったのでしょうか・・・。

娘も修学旅行で今、Münchenに行っています。そしてDachau収容所を目の当たりにしてどのように感じ、平和の意味を学んだのでしょうか。

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コメント

おはよ~~ドイツに行ったんですね、お~~すごいな~ナチス・ヒトラーの時代が有名ですよね、僕は海外旅行に行ったことがないんです、・・・国内ばかり。
海外旅行は好きなのかな

投稿: kirakuhanahana | 2010/12/10 00:12

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