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ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅴ 指令④城壁の島へ潜入!

12月31日(Samstag)

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『Split/スプリット』から27Kmほど北西に位置し、クロアチア国本土とアドリア海のショルタ島との間に浮かぶ小さな島『Trogil/トロギール』に行ってきました。

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『Trogil/トロギール旧市街』。城壁で囲まれた島全体が1997年ユネスコ世界遺産に登録。

トロギールの起源pencil

その昔、トロギールを含む周辺の島々には「イリュリア人」が先住民として暮らしていました。

トロギールはスプリットよりも少し歴史が古く、紀元前385年にヴィス島から「古代ギリシア人」が植民にやって来て、ここに「植民都市」を築きました。

繁栄期の植民都市pencil

ダルマチア郡のアドリア海の海の恵みと、大きな港をもつ都市『トロギール』は、移住して来た古代ギリシャ人たちで賑わい、どんどんと栄え発展していきます~その後ローマ帝国の支配下に置かれますが、港町は変わりなく栄え続けます。

トロギールの運命~pencil

クロアチアの歴史書より~

  • 9世紀 ⇒ ローマ帝国支配下に~。
  • 11世紀 ⇒ 司教区創立されるが1828年に廃止。
  • 1107年 ⇒ 町として自治権を授けられる。                               (ハンガリー・クロアチア王カールマーン1世の命により)
  • 1123年 ⇒ サラセン人に「町全域が征服」され破壊!
  • 12~13世紀 ⇒ 短期間で「復興」経済繁栄を果たす。
  • 1420年 ⇒ ヴェネツィア共和国支配下に~。
  • 1797~1918年 ⇒ ヴェネツィア共和国崩壊。                        (ハプスブルク帝国に吸収)
  • 1806~1814年 ⇒ ナポレオン戦争でフランス軍に占領。
  • 第一次世界大戦後 ⇒ ユーゴスラビア王国の一部に!
  • 第二次世界大戦中 ⇒ イタリアに占領。
  • 1944年 ⇒ イタリアより解放。
  • 第二次世界大戦後 ⇒ ユーゴスラビア社会主義国連邦共和国に吸収。
  • 1991年~現在に至る ⇒ ユーゴより独立したクロアチアの一部と~。

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離れ小島となったトロギールpencil

植民都市として建設が進められている当初は、この島はクロアチア本土と陸続きでした。

ですが中世期・・・数奇な運命のこの町は、敵の侵入よ防ぐための「生き残っていく手段」として、クロアチア本土との間に『水路』をつくったため「橋で結ばれた離れ小島」となりました。

旅日記shoe

本日はそれは見事な青空♬

旧市街の内は狭い路地が入り組んでいるので、島の入り口にある駐車場に車を止めて街中散策は歩いて行きましょう・・・

旧市街は東西500m、南北300mのそれは小さな島~。島を一周するにも1時間ほどでOKとか?

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本土からの石橋を渡るとすぐに、町の守護聖人でもあり12世紀の司教『イヴァン・ウルスィニ』が町を見守るように立っている『北門(陸の門)』が待っていてくれます。

以前は防衛のため、本土から渡るための橋はなかったそうですが・・・15世紀に城壁が築かれ、さらに17世紀には城門がつくられました。

この門はその昔~「日の出とともに開門」され「日没とともに閉門」されていて、たとえトロギールの住人であったとしても町に入ることはできなかったとか・・・?締め出しをされた人は「野宿」をしたんでしょうかねぇ?

「いえ!いえ!」そんな人のために、門の傍に宿泊施設を設けていたそうで・・・。

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門から旧市街へと入るとすぐ!町の中心である『イヴァナ・パヴラ広場』があり、聖ロヴロ大聖堂(左)・市庁舎(中)・時計塔(右)が、広場を囲むように建っています。

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『トロギール大聖堂(聖ロベロ大聖堂)』

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大聖堂の正面入り口の装飾は、ヴェネチアのサン・マルコ寺院の玄関のレリーフ製作にも携わった彫刻家『ラドヴァン』の作品で、入り口左右にはライオン像(何ともお人よしそうなライオン像でしょう~)があり、その上には、右側にアダムさんと左側にイブさん(隠す位置が逆なのでは?)の彫刻が施されていて、それは素晴らしいロマネスク様式の入り口です~。

うっとり~

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小さな島の小さな町~

建物が「これぞ!」とばかりにひしめき合って連なり「ギュウギュウ詰に」建っていて、その上、建物の間の石畳の道も幅が狭く「正規の道」にもかかわらず「裏路地」のよう。

昼間でも薄暗い・・・。一人で歩くのはなんだか心細くなりそう。

だけど、宮崎駿の「猫の恩返し」のに出てくる風景のような~味のある路地です。

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平らで表面がツルツルしている大きめの石の道。何のヘンテツもないような石畳の道・・・のように思えますが、道が「V字型」に造られていて、水はけを良くする構造に~。これなら「大雨が降っても」道の両脇に建ち並ぶ建物の中には水が入ってこないrain・・・ってわけですねぇ。

ここに暮らす人の工夫が窺えます。

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15世紀に造られた『カメルレンゴ要塞』は、ヴェネツィア共和国支配時代に、それまであった塔を改築して砦として造りり変えられたものです。

1420年のヴェネツィア共和国支配時代の最中、トロギール市民たちは支配の在り方に「反感」を持っていたため反乱を起こしていました。そのため、遠く対岸からの「外部侵入者」から町を守る目的と、内部反乱からも守るために威嚇し続けてきたとか?

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『聖マルコの塔』は『カメルレンゴ要塞』と同じ時代に「オスマントルコ帝国の攻撃」に備え建てられたものです。『カメルレンゴ要塞は海側の守砦』の『聖マルコの塔は陸の守砦』として使われました。

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海岸線沿いは見事に整地され、城壁と近代的な住宅が建ち並び、そして道沿いには何本もの椰子の木が植えられ「南国の雰囲気が~」(椰子の木!というだけの単純な発想です)

123100014_3町の南門(海の門)を抜け、およそ50mのチオヴォ橋を渡りチオヴォ島に向かいます。でもこの橋・・・「かなりやばい感じ!」と云うのも、車が通る度に橋が大揺れ!しかも「ギシギシ」軋む音が~sweat01

「お願い!揺らさんでぇ」cryingと年甲斐もなく騒いだ私。すかさず娘が私の元から離れていったのは言うまでもありません!

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『チヴォ橋』の真ん中辺りで、橋の揺れに大股開きで必死に耐え、トロギールの絵になる風景を

「ぱちりっ」camera

苦労して渡ったチオヴォ島は

「つまんない・・・」

「何もない・・・」

変わった事と云えば、物乞いのおじいさんが「お金をくれ~」みたいなことを言って、両手を差し出してきたけど「無視」してたら、大きく「チッツ・・・」って、舌打ちされてしまった。

大晦日だからあげるべきだったかな?とも、思ってみたけど・・・

気を取り直し、再び「揺れる橋」を渡って戻り駐車場へ~

島内観光所要時間⇒およそ3時間。

足は「パンパン」に浮腫んでいるけど、私にしては珍しく体力的にはまだ余裕!母なる海の力のお蔭なのかしらぁ~海の匂いは「やっぱりいいな~ぁ」

そんなこんなのトロギール散策でしたが、「城壁の島へ潜入」を充分に楽しみ、満喫しました

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