« ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅲ 指令②海の幸が食べたい! | トップページ | ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅴ 指令④城壁の島へ潜入! »

ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅳ 指令③古代都市へ行け!

12月30日(Freitag)

『Split/スプリット』の旧市街地は古代都市の残る街で、それは貴重なローマ時代の遺跡の数々が残っています。

Sakanahiroba

港町スプリットの旧市街地の一角にある魚広場では、アドリア海のサバ・イワシ・アジ・鯛などの新鮮な活きのよい海の幸を毎朝売っています。温泉療養センターの前で魚市場は開かれているので、硫黄の匂いで魚の生臭さを「消臭しているとか?」
  

Cimg6297

ローマ皇帝『ディオクレティアヌス』の誕生までpencil

西暦284年~305年当時、ローマ帝国の皇帝として在位していた『Diocletianus/ディオクレティアヌス』は、元奴隷の父を持ち幼少名は『Diocles/ディオクレス』と呼ばれていました。

彼は元奴隷の父親を持つ身・・・そのため差別と偏見をもたれ軍隊では大変苦労を重ねます。ですが、誠実に任務をこなし『帝国ヌメリアヌス親衛隊長』まで登りつめました。

283年に当時のローマ皇帝『ヌメリアヌス』が殺害されたあと、『ディオクレティアヌス』は将兵から一気に駆け上がり、皇帝職を引き継ぎそして軍人帝国時代をまとめあげていきます。

彼の思想pencil

ディオクレティアヌスはローマ帝国の再建に力を注ぎ、ローマ帝国はどんどんと大きくなっていきます~。そして、彼一人だけではローマ帝国を隅々までまとめていくことが難しくなっていきました。そこで考えられたのが『テトラルキア政治形態(四分割分担統)』を取り入れ、政治をくみ上げていったのです~。

現在の政治体制の基盤を創った「発起人」なのかもぉ?

また、君主制(親の持っている地位・肩書き・職業などを子孫が引き継いでいくこと)を推奨し、取り入れるよう働きかけますが、後世この君主制のおかげでローマ帝国が乱れていくとは予想もしなかったことでしょう・・・

Cimg6296_2

ご隠居さんへ転職pencil

西暦305年にディオクレティアヌスはローマ皇帝を退任し、ご隠居さんとなります。

『水戸黄門さま』は御一行様と「お国直しの旅」でしたが、彼は皇帝を退任する10年も以前より隠居後の安住の地を探し、巨大な宮殿を建てさせていたのです。

ですが完成後、長~い間放置していた間に近くの『サロナ』に住んでいた人達が異民族からの攻撃を逃れ、神殿周辺や内部にまで入り込んで住み着いてしまったそうで・・・

それが、クロアチアのスプリットです~。

ディオクレティアヌス宮殿pencil

宮殿内博物館の古い形を描いた復元図によると~宮殿の南側は海に面し200メートル四方を囲む城壁で守られていたそうです。(今はきれいに埋め立てられ、椰子の木が植えられ遊歩道になっています。)

第二次世界大戦時にはナチスドイツやイタリアにクロアチアも従属させられていたため、連合国から攻められ砲撃を加えられててしまい、街は「壊滅的な被害」を受けました。ですがその後修復され今の形として残っています。

旅日記shoe

Cimg6264_3 Cimg6270

狭い路地があちこちに・・・まるで迷路のようですが、住んでる人たちはもちろんどこを「どのように通ればどこに行ける」って分かってるところがスゴイ!

Cimg6263

なんだか「不思議な空間」

Cimg6276

ドイツとは違う「石畳」だけど、石の表面はつるつるしていてこの日はあいにくの雨・・・雪道を歩くように「一歩ずつ用心」して親指に力を込めて歩きました。

Cimg6275_3 Cimg6271_2

Cimg6283 Cimg6286

Cimg6291_2 Cimg6301

Cimg6299_2 Cimg6279
1979年。旧市街のすべての史跡がユネスコ世界遺産に登録されています。

宮殿は「霊廟だ!」とも言われているようですが、今はその宮殿内に様々なお店や住宅が建ち並んでいて、ローマ帝国時代からの城壁を支えていた石柱の一部を利用して、銀行の支店として利用されていたりするんですよぉ。

Cimg6273_2

宮殿内の民族博物館を出て、『銀の門(東門)』を抜けると青空市場が立ち並びます。

水分補給がてら、オレンジを1㎏購入・・・

Cimg6306

『金の門(北門)』を目指して歩いていると何やら撮影中!

どうも結婚記念写真を撮影中のようですねぇ~。

こんな歴史ある神秘的な場所で「思い出の写真」なんて

素敵

S12300010 Cimg6310

『グルグール・ニンスキの像』に辿り着くと、雨雲も消え青空が~

そう云えばここまでの道はアーチ型の石が覆う路地が続き、空を見ていなかったなぁ・・・

10世紀にスプリットでクロアチアの宗教会議が開催されましたが、その時「教会でのスラブ語の使用を禁止令」が出されました。その命令撤回を求めたのが「ふざけたような名前の持ち主」グルグール司教だったのです。

そんな彼の功績をたたえ、1929年に彫刻家『イヴァン・メシュトロヴィチ』によってつくられました。

彼の左足親指に触れると「幸運」が訪れるとか~誰かにペディキュアしてもらったんですねぇ?さり気なく足元のお洒落を楽しんでいます~

Cimg6317

歩き疲れたら、やっぱり「甘いもの~」

濃厚なチョコレートが口の中で「ジンワ~ぁり」と溶けていきます。そして、疲れが薄紙をはがすように抜けていきます。

|

« ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅲ 指令②海の幸が食べたい! | トップページ | ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅴ 指令④城壁の島へ潜入! »

ユネスコ世界遺産巡り日記」カテゴリの記事

旅日記:クロアチア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1076394/43869928

この記事へのトラックバック一覧です: ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅳ 指令③古代都市へ行け!:

« ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅲ 指令②海の幸が食べたい! | トップページ | ドイツを超えた旅~Croatia編Ⅴ 指令④城壁の島へ潜入! »