« ドイツを超えた旅~Holland編   おなかのへるうた | トップページ | ドイツを超えた旅~Holland編   お猿のかごや »

ドイツを超えた旅~Holland編   とおりゃんせ

Maastricht(マーストリヒト)の街で、重要な歴史を残している「ちょっと怖げ・・・」なところがあります。

Cimg7533

旧市街を囲むように造られていた「三重の壁」の名残があります。壁伝いを歩いて行くと、分厚い石を幾重にも重ねた壁の前には、当時使われた大砲なのかなぁ?何台か置かれていましたが、それ以外は「普通の街を囲んでいる壁」にしか見えませんでした。

この壁に沿ってさらに歩み、一番古~い壁の途切れた所に『地獄の門/Helpoort』と呼ばれる、何とも恐ろしい門を備えた場所があります。

『地獄の門/Helpoort』について~book
Cimg7543

地獄の門~

当時造られた時から、今のような呼び名だったのかは解りませんが、1229年のブラバント公国時代にヘンリー1世により建てられた城壁の門で、オランダ国内に残っている「最古の門」と云われています。

『地獄の門』とペスト~book

温暖な気候環境を有した『東ローマ帝国』に多くの人が生活をするようになり、ゴミなどの環境問題も発生しました。・・・その為、汚水に群れる「ドブねずみ」の大量発生と、菌を持ったねずみの血を吸った蚤を介して、人々の間でも「ペスト」が流行しました。

その後、一時期は「ペスト」は下火となりましたが、東西自由貿易が盛んだった14世紀に、「ペスト」は再びヨーロッパ全土で大流行し、多くの死者を出す勢いで広がりました

Cimg7550

ペスト患者隔離所

地獄の門の真ん前には、白い綺麗な建物があります。「ナゼ故こんな所に建物が・・・」と思いますが、この建物がペストに感染した人や感染者家族を収容した施設で、「ペストに侵されている人は、誰一人として街の中に入ること」を許されず、街から隔離されたまま多くの人の命が失われたそうです。

Cimg7551

今は緑地公園となっている大きな公園ですが、その昔には隔離病棟がたくさん建てられていたそうです。

当時の面影もなく、今では街の人たちの憩いの場所として、賑やかな子供たちの声が響いていました。

「通りたくても、通ることの許されない・・・」まさにペスト患者さん達にとっては『天国』と『地獄』の境目の分厚い扉の門でした。

|

« ドイツを超えた旅~Holland編   おなかのへるうた | トップページ | ドイツを超えた旅~Holland編   お猿のかごや »

旅日記:オランダ」カテゴリの記事

コメント

私のBLOG「マイ・ステーショナリー」を見て下さってありがとうございます。
私は福岡市生まれですが、6才から18才まで北九州市で過ごしました。
ドイツに在住されているんですね。
大学時代のドイツ語の先生がドイツ人でして、講義の時間の半分はドイツの歌を教えてくれました。
ローレライ、野バラ、眠りの精などです。
ドイツ語はほとんで忘れましたが、今でも歌は原語で歌えます。
Ich weiβ nicht was es bedeuten・・・。

投稿: Shinmatsu | 2012/07/09 12:13

すみません。
歌詞が少し間違っていました。
sollが抜けていました。

投稿: Shinmatsu | 2012/07/13 02:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1076394/46248965

この記事へのトラックバック一覧です: ドイツを超えた旅~Holland編   とおりゃんせ:

« ドイツを超えた旅~Holland編   おなかのへるうた | トップページ | ドイツを超えた旅~Holland編   お猿のかごや »