カテゴリー「旅日記:スペイン」の記事

ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅸ (黒いマリア像)

8月19日(金曜日)

娘のiPot-nanoをやたらと興味を示し欲しがってた夫のために、誕生日プレゼントとしてiPodを購入~。もちろん田舎風の店構えの電気屋さんなので、おしゃれなラッピングもしないまま「ビニール袋」に入れたまんまで〝Happy Birthday〟present

前夜、アンドラでの誕生日会も無事に終了~

そして再びスペインに戻り、夕刻発の飛行機でフランクフルトの我が家へ帰りますairplane

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アンドラ公国とお別れし、2日振りのスペインに入国。

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普段通りに通過できるかと思えば・・・

車を止められ、係員がやって来る・・・

トランクを開けられ、荷物チェックをされる人も。

アンドラ公国で免税品をタンマリ買った人は、ここで厳重なチェックをされるんですね~。

私達は、窓を開けて「ドイツからの旅行者」と伝えるだけで、いとも簡単に通過~。

そして、この旅の〆として2択。

『海沿いのレストランでバエリアを食べる』VS『モンセラットで黒いマリア像を観る』

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「ファイナル・アンサー」と!向かった先はdash

『Montserrat/モンセラット(のこぎり山)』はスペインのカタルーニャ州(バルセロナより北西)にある、薄白赤色をしたの歪な形をした岩の集まりの山なのです。

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孫悟空が現れそうな、烏帽子のような山!

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人のような形にも見える岩が・・・(聖地をいじってはいけませんね!)

そう云えば・・・ダリの作品に「岩・石」をモチーフにしたような絵がありましたが、ひょっとして?

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キリスト教の聖地である『聖地モンセラット』

音楽家ワーグナーは「オペラの楽想」を得、文豪ゲーテは「魔の山」と呼び、そして建築家ガウディーは「サグラダ・ファミリーの構想」を得た~といわれるほど、ココの奇妙な風景は各界の芸術家たちに多大な影響を与えたんですねぇ。

標高1235mのモンセラット山中には、アーサー王伝説にも登場する『Monasterio de Montserrat/ サンタ・マリア・モンセラット修道院付属大聖堂』があります。

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駐車場は車でいっぱい!少し遠いところに車を止め、歩いて修道院まで登っていきます。

それにしても「暑いsweat01

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『Basilica/教会堂』

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この教会には『La Moreneta/黒いマリア像』が磔刑のキリスト像の真上に安置されています。

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黒いマリア像の物語 book

西暦880年。とある薄曇りの土曜日の出来事です・・・

数人の羊飼いの子供が、雲間からそれは不思議な不思議な美しい光が、天使のような澄んだ心安らぐ歌声と共に、山の中に降り注ぎ降りるのを見ていました。

この日をはじめに何日も同じ現象が続き、麓街に住む司祭が光の降りた山の中を散策しました。するとその場所には洞窟があり、その中には一体の黒いマリア像がひっそりと置いてありました。

司祭は街の教会に運び安置しようと考え、移動させようと何度も持ち上げようとしますが、少しも動かすことが出来ませんでした。

その為、発見された地に聖堂を建て、この黒いマリア像を安置したのです。

(古文書より~)

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ナポレオン軍の侵略により、この修道院も大聖堂も破壊され、大聖堂に保管されていた宝物も根こそぎに奪われてしまいました。ですが何よりの宝「黒いマリア像」だけは修道士達の手によって、早いうちにサンタ・コバ山中の洞窟に隠され、守られました~。

そして今日では、大聖堂外廊右側の扉から入り上階にあがると、礼拝堂中央の祭壇の上に祀られている黒いマリア像に触れ、近い場所から祈りをささげることができるのです。

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅷ (何が伝えたいの?)

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ダリ劇場美術館入場チケット購入まで、あと少し・・・

ダリ美術館(長ったらしいので省略)は、ダリが洗礼を受けた教会の真向かいに1849年に建てらた新古典様式の劇場で、ダリの名が知れ始めた時分、最初に彼の絵が展示されたのが劇場のロビーでした。

ですが、市民戦争の時にムーア人に火をつけられ廃墟となります。

ダリはこの劇場を「自分のスタートの原点と」執着していたため、彼は劇場を美術館として建て直し、自らもヘルメットをかぶって建築の指揮をとったのです。

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美術館入り口を通り中庭?に、それはグラマーな女性の像が、車の上で両手を広げ~「タイタニック?」ごっこ・・・じゃないか・・・

「理解不能」

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女人像の後ろに回ると、何やら「悪魔?鬼?」のような奇妙なものに「もの申す~」って、ところでしょうか?

「やっぱり理解不能」

考えてる間に、夫と娘とハグレテしまった~人の後をついて地下への階段を下りていくと、金色に光る「龍の置物」の数々と心不全のために85歳でこの世を去ったダリの棺がshock

気持のいいものではないので早足で通過・・・

階段を上がって行くと「さあ~ぁ」ダリの騙し絵ワールドです。

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小学高学年のころ、図書館に通ってダリの騙し絵に夢中になったことを思い出します。

寄り目にしたり、視点を変えたり・・・

「何が見えますか?」

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まぁ~っ。ナント立派な「たらこ唇・・・」

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マネキンの額には「蟻・・・・・」

「気持ち悪い・・・」

他にも気持ちの悪い芸術作品と呼んでいいものかどうか解らないものが「てんこ盛り!」

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「ふっ~」ようやく頭に酸素が入ってきたようです。

ダリは子供の頃、兄の墓の墓石に、自分の名前が記されていることに憤りを感じます。そして、「自分はここに存在することを示したい」と強く感じたそうです。

彼の作品は奇想奇抜ですが、本当は繊細で他人にとても気を使う人物だったのかも?

彼の心の光と影。

芸術の中だけでは自由奔放に、常識ハズレとわざと言わせるような作品をつくり上げたのかも知れませんね~

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見方によって「絵」の意味が変わる様で「面白い!」

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ダリも普通(私が思う)の絵が描けるんですね~

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「・・・・・・・・・・」

〝鏡に映った妻『ガラ』を描くダリを描いた絵〟

とでもいえばいいのでしょうか?

後ろ姿は「セーラー服を着た少女」

だから、てっきり鏡に映った顔は・・・・・・・・

「白髪交じりのおばさん・・・」(ごめんなさい)

「やられた~ぁ」

ダリの名言をひとつbook

 6歳の時はコックになりたかった。

      7歳の時はナポレオンになりたかった。

 そして私の野心は

      それ以来、着実に成長し続けている。

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅶ (誰?ダリ!)

8月17日(水曜日)

本日も快晴sun

レンタカーでスペイン⇒アンドラ公国に向かいます。

その前にちょっと遠回りして、『ダリ劇場博物館』へ~

「と」なれば、ダリの事を少し勉強しとかなきゃeyeglass

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『Salvador Domènec Felip Jacint Dalí i Domènech/サルバドー・ドミンゴ・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク』またまた・・・スペイン人はナント大層な長ったらしい名前を付けるんでしょう~

でも、この名前は彼の心に大きな影響を与えられていたとか・・・?

1904年5月11日。彼はスペインのカタルーニャ地方のフィゲラスという街(バルセロナの北およそ140kmにあるフランス国境近くの小さな町)で、公証人をする裕福な家庭に生まれました。

でも、不幸にも彼が生まれる9カ月前、彼の兄『サルバトール』が幼くしてこの世を去ってしまっていたのです。

両親は兄サルバトールの死を悼み、深く悲しみます。そして誕生した彼に、兄と同じ名前を与えたのです・・・兄の面影を彼に重ね合わせ溺愛されますが、両親に名前を呼ばれる度、どんな気持ちだったのでしょうか?

ところで「ダリさん」何処かの誰かに似てると思いませんか?

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その名も「髙田純次」

話がそれてしまいました・・・

話の脱線ついでに!

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チュッパチャプスの考案者であるエンリケ・ベルナートが、チュッパチャプスを世界展開させる際にロゴをスペインの芸術家ダリと、一緒に食事をした際に依頼し、ダリはその場でナプキンにデージー(ひな菊)のデザイン画を描いたとか?

ダリの物語に戻しましょう~

ダリの上向きにピンとはねた『カイゼル髭と目を大きく見開いた顔』は、顔面アートとされるほど大人気!日本のお笑いの原点であるような~bleah

この口髭の形をどうやってキープしているのかと質問された時に「これは水あめで固めているのだよ~っ」と答えたとか?!彼の事だから、暇で退屈な時になめてたりして・・・?

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『ダリ劇場美術館』 たまご美術館とも呼ばれています~
ある時・・・フィゲラス市長からダリはある事を依頼されます。
 
市長 : 「1枚でいい!故郷に君の絵画を寄付してくれない?」
ダリ  : 「1枚とは言わず美術館をまるごと寄付しましょう~」
            
なんと太っ腹な返事sign03
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建物いっぱいに「パン」のようにも「糞」にも・・・「サザエさん」にも見える飾りが・・・
市長との約束から15年~ダリ自身が建物管理を!
そして、「世界でもっとも大きな超現実主義の物体」のダリ劇場美術館は1974年に完成しましました。
ダリは「セッセ」と作品を造り上げます。そしてフィゲラスに寄付した芸術作品はダリ美術館内だけでは収まらりきれず、街中をダリの芸術美術館化してしまったようです~
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ダリ劇場美術館入館を待つ長い列~

炎天下の中、40分以上は待ちました・・・

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館内入口テラス?で、潜水服のオブジェがお出迎え~ダリと云えば潜水服事件!

Dali008 Foto:『ダリ全集』講談社より

1936年にロンドンで開催された『シュルレアリスム国際展』に招待されたダリは、潜水服を着用し、両手には革紐につないだ2匹の猟犬と、ビリヤード・キューという姿で登場!

・・・・・・・

この奇怪な出で立ちには「潜在意識に飛び込め!」というメッセージが込められていたようですが、ダリが壇上にのぼり講演開始しはじめた時に、急にもがき苦しみ始め・・・sweat01sweat01sweat01

潜水服って、外から水が入らないように出来てることを忘れてたのか?潜水服内のダリは酸欠状態に陥り、危うく窒息死しかけてしまったそうでして・・・

命をかけた芸術品だった訳で~全く「オチャメさんですね~ぇ」

ダリの名言をひとつbook

人間は自由であり、

常に自分自身の選択によって

行動するべきものである。

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅵ (情熱の赤い薔薇!)

市内観光に疲れ、Hotelの部屋で一息~今夜のお楽しみに出かけますnote

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向かった先は『Poble Espanyol/スペイン村』です。

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元々は1929年に開催された『バルセロナ万国博覧会』のために、バルセロナの西南一帯を占める岩山『モンジュイックの丘』に建設された施設なのですclover

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スペイン国内を代表する117の建物を再現した施設が造られ、博覧会閉幕後も再現された建物は高く評価され、プエブロ・エスパニョール(スペイン村)として残されました。

この施設内では、スペインの職人工房がいくつもあり、手作りのガラス細工・皮細工・銀細工等・・・の伝統工芸を、職人が実際に作っているところを見て、お気に入りのひとつを購入することもできます。

また、Fran Daurel(フラン ダウエル)美術館では、「ピカソ」「ミロ」「ダリ」などの有名な芸術家の作品にも出会うことが~

日本で云えば、大正村や明治村のような感じかなぁ?

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スペインと云えば『フラメンコ』を忘れてはいけません!

フラメンコは、日本で観たことは何度かありますが本場!初体験。スペイン料理をいただきながら、フラメンコを楽しみましょう~

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サングリア(赤ワインの中に林檎や柑橘系フルーツを細かく切って入れ冷やしたもの)がガラスピッチャーで置かれ、タパス(スペインのおつまみ)の皿が雰囲気をこわさない流れでひとつひとつ運ばれてきます。

ある程度お腹も膨れた頃、真っ暗になりギターの演奏と歌がはじまりました~

そして、舞台中央には踊り手が・・・

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ヒールの音が響き渡ります。

指先ひとつひとつが妖艶な雰囲気を・・・

踊り手の額には汗。

綺麗に束ねられた髪の毛も乱れます。

・・・・・

余韻は何時までも続きました・・・・・

そして、帰路道端でフラメンコの真似ごとをしたのは、私だけではなかった~。

 

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅴ (ビスケットの家)

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『Parc Güell/グエル公園』

1984年ユネスコ世界遺産に登録

1900年から1914年。スペインの工業化が急速に進んでいる時代・・・スペインの実業家でもあり政治家でもあった『エウゼビ・グエイ・イ・バシガルピ』の依頼により「人々が自然と芸術に囲まれながら暮らせる新時代の分譲住宅~」を目指し建築家アントニオ・ガウディが造り上げました。

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公園入り口階段ではトカゲの噴水が「デーンっ」と、お出迎え~

色とりどりのタイルを割って貼った、ナントも可愛らしい

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階段を上がり、広場よりグエル公園の入口に建つ門衛の小屋と東屋を見下ろします!

まるで「ビスケットで造ったお菓子の家みたい~」

施工主のグエイ伯と建築家ガウディの「夢のある暮らし」をテーマにした「未来を見た斬新な発想」と、「自然の中で暮らす価値観」は、当時のスペイン人達には理解されませんでした。

その為、この分譲住宅は買い手はガウディとグエイ伯の2軒だけ・・・

時を同じくして、ガウディはサグラダ・ファミリアの建設に没頭することも重なり、1918年7月8日にグエイ伯がグエイ公園内の自宅で死去後には工事は完全に中断し、市の公園として寄付され現在に至っています。

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敷地の中央にあるホール天井を見上げると、白い粉砕タイル天井に円形モザイク装飾が~

粉砕タイルを使用してのデザインは、色彩感覚と造形的な才能を兼ね備えたガウディの第一助手『ジュゼップ・マリア・ジュジョールジュ』が主に担当しました。

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回廊?って呼んでもいいのでしょうか?

何やら蠢く物が・・・・・eye

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どうやら・・・

「タコ壺」のようです・・・

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屋上の憩いの場~

目を細めて空を見上げ、太陽の匂いを感じ~嫌な「気」が抜けていくみたい!

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ガウディーの名言をひとつbook

「芸術におけるすべての回答は

   偉大なる自然の中にすべて出ています。

ただ我々は、その偉大な教科書を、

           紐解いていくだけなのです。」

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅳ (夢・希望・信念)

スペインバルセロナガウディーと云えば「コレ」でしょう

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『Temple Expiatori de la Sagrada Família/サグラダ・ファミリア』

2005年ユネスコ世界遺産に登録

カトリック団体(サン・ホセ協会)の依頼で、1882年にサグラダ・ファミリアの初代建築家フランシスコ・デ・ビヤールが無償で設計を担当しますが、両者の意見対立でビヤール氏が退任となりました。

そのため2代目建築家には、建築家として無名だった『アントニオ・ガウディ』が指名され、独自の感性で設計をし直すことから『サグラダ・ファミリア』との彼の建築家としての挑戦が始まりました~

もうちょっと近付いてみましょう~

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「おとぎの国のお城のような「夢と希望」を感じます。」 

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「こんなところにガウディーの遊び心が~note

彼は1914年以降、宗教関連の建築に全力を注ぎますが、スペインの経済危機もありサグラダ・ファミリアの建設は難航します・・・。そんな中でも彼は多大な夢を抱き、建築に没頭する毎日を送りました。

もう少し建物を周ってみましょう~

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「場所を変えると、建物の表情が全く違っています。」

ズームにして彫刻をみてみましょう~

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「天国と地獄」・・・彼の心境の変化を感じるような・・・

生涯独身を貫いたガウディー(かなり男前なのに~)。

1926年6月7日。

ガウディーは皮肉にも教会のミサに向う途中で路面電車事故に遭遇し、あっけなく73歳で人生の幕を閉じました。そして彼の遺体は未完成の『サグラダ・ファミリア』に埋葬され、彼の死後も続く建設を間近で見守っているのです。

「完成までに300年の歳月を要す・・・」そんなザグラダ・ファミリア。

未完成のまま彼は天に召されましたが、彼の意思をついで今だに建設は続いています。

ガウディーは元来、設計段階で模型を重要視し、必要最小限の設計図しか描きませんでした。その上スペイン内戦でも彼の貴重な設計図はほとんど焼けてしまい、彼の没後は残された資料はホンのわずか・・・それらを頼りに、ガウディーの最高傑作建築は若き建築家の手により造り続けられているのです~

上空高くにクレーンが見えなくなるのは、何時になるのでしょうか?

ガウディーの名言をひとつbook

「美しい形は構造的に安定している。

構造は自然から学ばなければならない。」

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅲ (不思議な世界・・・)

バルセロナは、観光の都市~

偉大な建築家『ガウディ』。バルセロナの市内あちらこちらに彼の芸術作品が点在し、私達を歓迎してくれます。

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Antonio Plácido Guillermo Gaudíy Cornet』

日本語表記ではアントニオ・ガウディー。

・・・スペイン語表記では何と長ぁ~い名前なんでしょうflair

1852年6月25日にカタルーニャ州で銅板機具職人の3男・2女の末っ子として生まれたガウディー。幼少期はとても病弱だったので、陽の光を浴び、屋外で元気に他の子供と遊ぶことが出来ませんでした。

ある時、クリスマス飾り用に『風変りな家』を造りあげ、誰もを驚かせました。この頃から才能をじわじわと発揮していたんですね・・・

16歳に成長した彼はバルセロナ県立建築専門学校予科に入学します。ですが学校に通う傍らアルバイトをし、苦労して苦労して・・・学校を卒業します。卒業後は彼の夢であった建築関係の仕事(内装や装飾の仕事)を手掛ます。そんな時に 彼の建築家の卵としての良き理解者であり、生涯の友人となるバルセロナを代表する資本家アウゼビ・グエルと出会い、ガウディーは着実に建築家の道を昇っていきます~

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『Casa Milà/カサ・ミラ』1984年ユネスコ世界遺産に登録。

バスがグラシア通りを走っていると、ディズニーアニメの『アリエル』に出てくるような、海の中のお城のような建物が街路樹の間から顔を覗かせます。なめらかな曲線を描くような外観~

ナントも不思議な感じがします。

これはガウディーが54歳の時に、実業家夫妻のペレ・ミラ氏とルゼー・セギモン夫人の邸宅(アパート)として設計をし、建設されたものです。

さて、中に入ってみましょう~

進路に従って行くと、ホラ貝の中にいるような感覚。

息を切らしながら螺旋階段を上ることに・・・目が回るwobbly

階段を上りつめると照りつける太陽とご対面!

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屋上から建物を見ると、なんて斬新な発想の建築物なのか・・・と、改めて感じました。

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「宇宙人地球へ!」とでも作品名を付けたい~。

ひょっとして、宇宙との交信の為に造ったのかも?

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煙突が口を半開きにしてるような屋上・・・アパートの部屋が「蟻んこの巣みたい~!」

雨が降ったら、とんでもないことになりそうな予感sweat02

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屋上階段を下り、最上階の居室は展示室に。「お兄さん~ガウディー入ってますか?」

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裁縫専用部屋かな?

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可愛らしい子供部屋~

ガウディーの風変りなデザインの建築物の中に、普通の暮らしがあった・・・そんな様子が見れた気がします。でも・・・家の中にいると折角の外観が見えないから、私だったらこのアパートのお向かいに住むだろうな~ぁ

ガウディーの名言をひとつbook

「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない」

幼少の頃、彼は小学校の授業で「鳥の翼は飛ぶためにある」と説明した教師に対して、「鶏は翼を、走るために使っている」と反論したそうです。

幼い頃からガウディーは、自分の周りにある物ひとつひとつに関心を示し、注意深く観察し自分の中に吸収していってたんでしょうね~。

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅱ (痛いお土産~) 

8月16日(火曜日)

前夜、夕飯も食べずに市内散策からHotelに戻った時の「まんま」の恰好で爆睡してた様で・・・

娘は夏休みの宿題に精を出し、夫は仕事をしてたらしい~(2人とも旅行中にも拘らずご苦労様)

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さてさて、「スリ」予防のため、軽装で且つ手荷物も少なめに身につけ・・・脅された時ようにそこそこの現金を所持し「準備万全!」今日は観光バスに乗り、市内を巡りましょう~

Hotelの入り口を出て数歩。

横断歩道を「一歩」踏み出そうとしたところ、・・・「と!」

娘の姿がいきなり視界から消えたではありませんか~!

見ると、路上駐車している車の後ろで、娘はイモ虫?ともサナギ?とも云えない恰好で丸まって・・・

  私:「何しよるん?どうしたんねぇ!」(爆笑)

  娘:「・・・・・・・」

  私:「足元よく見て歩かんけぇ、また転んだんやろぉ~」

  娘:半泣き・半笑いで弱弱しく「ウン」(右肘・左膝流血中)

  私:矛先が夫へ

    「あんたが横断歩道ちゃんと歩かんけいけんのよ!」

  夫:「なんで俺?」「ビーチサンダル履いてたからだろぉ!」

  私:(コノ~ぉ!言い返したな!)

・・・・・結局、一旦振り出しに戻ることに!

Hotelのバスルームで、キズ口に付いた小石と砂を流水で「ゴシゴシ」洗い、石鹸でもう一度!仕上げは再び流水で!子供のころから「キズの処置」大好きでして~heart

半泣き状態の娘。「痛いのは生きとる証拠!」「骨が折れとるわけじゃないから良かったやん」

・・・てな具合。白衣の悪魔なものでshadow

傷に常備してるバンドエードを貼り、ビーチサンダルをスニーカーに履きなおし〝Wieder〟

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市内観光の最初の場所は、ガウディの建築物ではなく『薬局』

そして、スペイン最初のお土産は『イソジン消毒薬』と『ガーゼ』だった・・・

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ドイツを超えた旅~Spain編 Ⅰ (太陽と夢を求めて)

8月15日(月曜日)

RyouとTaka姉妹。前日Frankfurt空港を出発し「無事福岡空港に到着した」とメールが届き一安心!

そして、私達は第2弾「家族旅行」に午後一の飛行機で、バルセロナ空港に向かって出発ですairplane

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「エスパ~ニャ~太陽と歌を求め~てnote」娘が幼かった頃、何度か行った『志摩スペイン村』その名も『パルケ・エスパーニャ』。でも、でも夢じゃない!本当のスペイン、生のスペインにやってきました!

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ターミナルを出ると「ム~ンっ」と湿った空気が肌に纏わりつく感じsweat01

タクシーで、まずはモンジュイック地区のHotelに向かいますが、娘の小さなスーツケースをトランクに入れずに車内で持ち込んだのが気にいらないのか「無愛想な運転手!」しかも、後で気がついたけどHotelまで遠回りされ・・・「この国、結構慎重に旅行しなきゃいけない気がする・・・」

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Hotelから歩いて5分程にある『Placa d' Espanya/スペイン広場』。スペイン広場って、確か池袋?にもあったような・・・

地下鉄に乗って場所を移動し、遅い昼食とも早い夕食ともいえない時間。

軽くお腹を膨らますことに~

そして、充電完了!元気回復!

地中海を臨む旧市街に向かって「テクテク」と歩きます。

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狭い通りを挟み、碁盤の目のように綺麗に正しく並んだ住宅が軒を連ねています。

映画で見るような風景。

物干し棒に洗濯ものが旗のように靡いています~「おーぉぉぉっ」

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住宅地を抜けると『Platja de la Barceloneta/バルセロネータ海岸』がいきなり視界に飛び込んできます。近くの住人達の専用の海岸ですね~。「いいなぁ~~」羨ましい限りです!

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砂浜では日光浴をしたり、ビーチ・サッカーを楽しんだりと、思い思いに日暮れの地中海を満喫しているようでした。

・・・確か夏休みもとっくに終わってるはずでは?しかも月曜日なのに?「なんでこんなに人がいっぱいいるの?」「仕事は?」

そうかぁ!ここはラテンの国『スペイン』ナンだもんね~。楽しく生きなきゃ~

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